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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)3317号 判決 1982年5月13日

主文

被告人山田和俊及び同千葉勝二を各懲役一年六月に、被告人安田三男を懲役一年四月に、被告人権龍成を懲役一年に、被告人中澤直一を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中、被告人山田和俊に対しては一二〇日、被告人千葉勝二に対しては三〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人安田三男、同権龍成、同中澤直一に対し、この裁判確定の日から三年間、それぞれの刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち国選弁護人須藤正彦に関する分は被告人安田三男の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人山田和俊は、昭和五三年一一月ころ、株式会社「ジヨイフル」(以下、単に「ジヨイフル」という。)が福岡市内で運営する「E・Sプログラム」と称する人工宝石販売に名を借りたいわゆるねずみ講に加入した。右「E・Sプログラム」と称する組織の内容は、次のとおり、先に加入した先順位者が後続の新規入会者の支出する金銭から順次一定額の配当を受け、最終的には自己の支出した額を上回る額の金銭を受領することを内容とする金銭配当組織である。

(一)  加入

「E・Sプログラム」を主宰する「ジヨイフル」に対して、人工宝石五カラツトの購入代金名下に四〇万円を支払つた者が、準販売員と称する同プログラムの会員(以下、「S会員」という。)となる。

(二)  昇格及び会員相互の親子関係

S会員は、新たに、前同様四〇万円を支払う者一名を勧誘して右プログラムに加入させることによって、エリート販売員と称する同プログラムの会員(以下、「E会員」という。)に昇格する。この場合、新たに同プログラムに加入したS会員は、自己を勧誘してE会員となつた者の直上のE会員(以下、「親会員」という。)の直下の後順位者たる会員(以下、「子会員」という。)となる。E会員の勧誘によつて同プログラムに加入したS会員は、そのE会員の子会員となる。

(三)  配当

「ジヨイフル」は、新規加入者から人工宝石購入代金名下に入金される四〇万円のうち、二一万円を先順位の会員に配当する。即ち、(イ)新規加入者を勧誘した者がS会員である場合は、そのS会員に対して、販売コミツシヨン名下に一〇万円、右S会員の親会員であり右新規加入者の親会員ともなるE会員に対して、管理コミツシヨン名下に一〇万円、右E会員の親会員であるE会員に対して、オーバーライド・コミツシヨン名下に一万円を、(ロ)新規加入者を勧誘した者がE会員である場合は、親会員となるそのE会員に対して、販売コミツシヨン名下に二〇万円、右E会員の親会員であるE会員に対して、オーバーライド・コミツシヨン名下に一万円を、それぞれ、各配当を受ける会員の指定する銀行預金口座に振込送金して配当する。

被告人山田は、右「E・Sプログラム」加入後、多数の新規加入者を獲得したため、やがて、「ジヨイフル」の経営に関与するようになり、同五四年八月、同社第一営業所長に就任した。他方、被告人千葉勝二は、同五五年七月ころ、以前経営していた、いわゆるマルチ商法によつて自動車燃料助燃装置を販売する株式会社「ライフ」の取引先であつた新山洋史を通じて、東京都内において、右「E・Sプログラム」類似の「S・Eシステム」と称する金銭配当組織を運営する株式会社「サンジユエリー」の存在を知り、右「ライフ」当時の部下であつた被告人権と共に右システムに加入後、右「S・Eシステム」を自ら運営すれば多額の金員を入手することができると考え、新山及び被告人権を誘い、その準備を始めた。そして、新山はかねて交際のあつた被告人山田が「ジヨイフル」で莫大な利益を得ている旨の噂を聞き、同被告人から右の計画に必要な資金を借り受けるべく、同月下旬ころ福岡へ赴いた。ところが、被告人山田は、融資を求めて来た新山を逆に説得して、その配下に加え、「E・Sプログラム」の運営に関与させた。その後、被告人山田は、新山から度々、勧められたこともあつて、「ジヨイフル」から独立することを決意した。そこで、同年八月二〇日ころ、被告人山田は、「ジヨイフル」第一営業所長を辞任し、「ジヨイフル」に加入していた被告人安田三男に資金の提供を求めて、同被告人及び新山とともに、新会社を設立したうえ、大阪で「E・Sプログラム」を開設、運営すべく準備を始めた。そして、同年九月一二日、被告人山田、同安田の両名は、新山と共同して、大阪市に本店を置く株式会社「メデイツク」(以下、単に「メデイツク」という。)を設立し、被告人山田が取締役会長、被告人安田が代表取締役社長、新山が取締役副社長にそれぞれ就任して、そのころ、大阪市内で前記「ジヨイフル」の行なつていたのと同一内容の「E・Sプログラム」の運営を始めた。

(罪となるべき事実)

被告人山田は、前記「E・Sプログラム」開設後、できるだけ早期に、東京に「メデイツク」の支社を設けて、東京で新たに「E・Sプログラム」を運営しようと考え、人材を求めていたところ、昭和五五年九月下旬ころ、前記新山から、東京支社を任せるに相応しい人物として、被告人千葉を紹介されたので、間もなく、被告人安田らとともに、大阪市所在の「メデイツク」本社において、被告人千葉と面談し、東京支社開設の構想を打ち明けた。前記のとおり、被告人千葉も同様の構想を持っていたので、右面談の結果被告人山田、同安田及び同千葉の三名の間で、三名共同して「メデイツク」東京支社を開設し、被告人千葉を同支社の責任者として、同支社において、新たに「E・Sプログラム」を運営する旨の合意が成立した。右の面談を終えて帰京した被告人千葉は、直ちに、右計画を被告人権に打ち明け、これに加わるよう勧めたところ、被告人権もこれを了承した。その後、被告人千葉及び同権は、「メデイツク」本社から東京支社開設に要する資金の送付を受けて、東京都渋谷区神宮前五丁目二九番七号所在の「ビジセンビル」四階に同支社の事務所を賃借し、従業員を集めるなどして「E・Sプログラム」開設の準備を整え、同年一二月一六日、右事務所において、被告人山田及び同安田の出席を得て、「メデイツク」東京支社の事務所開きを挙行した。他方、前記「ライフ」の営業部長であつた被告人中澤直一は、同月上旬ころ、被告人千葉から、「E・Sプログラム」の説明を受けたうえ、「メデイツク」東京支社に加わるよう求められ、当初は躊躇していたものの、同月二〇日ころ、同区内の喫茶店で被告人千葉から重ねて参加を求められたため、これを承諾し、ここに、被告人五名の間で、東京支社において新たに「E・Sプログラム」を運営することの共謀が成立した。そして、被告人五名は、右共謀に基づき、同月二四日ころから、同五六年七月二一日ころまでの間、右東京支社(同年六月五日ころからは同区神南一丁目三〇番五号所在、「国際一〇一号館」内に移転)において、「E・Sプログラム」と称する同支社の金銭配当組織に基づき、同支社営業部所属の課長、主任あるいは販売員と称する会員らをしてS会員の勧誘に当たらせ、別紙一覧表記載(略)のとおり、右「E・Sプログラム」にS会員として、新たに増田敏之ほか八六三名を加入させて合計三億四、五六〇万円を同支社に入金させた上、これを同支社から先順位の加入者に対して配当金として送金するなどして右金銭配当組織を主宰し、これを活動させ、もつて、無限連鎖講を運営したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

一弁護人らの主張

1  本件「E・Sプログラム」は人工宝石の販売組織であつて、金銭配当組織ではない。

金銭配当組織には、これに加入する者の出捐額に上限が存しないところ、本件「E・Sプログラム」に加わる者の出捐額は、最高限四〇万円であつて、これを超える出捐はあり得ないこと、「メデイツク」においても、ごくわずかであるが本件人工宝石の単品販売がなされていたことからすると、本件「E・Sプログラム」は人工宝石の販売組織であることが明らかである。

2  本件「E・Sプログラム」は、無限連鎖講の防止に関する法律二条の「連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する」という要件に該当しない。

仮に、本件「E・Sプログラム」が金銭配当組織であるとしても、無限連鎖講の防止に関する法律二条の金銭配当組織は、「段階的に二以上の倍率をもつて」後順位者の増加することが要件とされ、予め二倍以上の増加率が各段階毎に定められていなければならないと解されるところ、本件「E・Sプログラム」にはいかなる倍率の増加率も定められていない。それゆえ、この点からみても本件「E・Sプログラム」は、同法二条所定の「無限連鎖講」に該当しない。

二当裁判所の判断

1  人工宝石の販売組織である旨の主張について

前掲各証拠によれば、なる程、本件「E・Sプログラム」に加入する者は、加入に際し、四〇万円を支払うと、「メデイツク」の取り扱うダイヤモンド、ルビーなど八種類の人工宝石のうち五カラツトの交付を受けるとともに、その販売員と称する資格を与えられることが認められ、これをみると、本件「E・Sプログラム」は、形式的には人工宝石の販売組織であるといえなくもない。しかしながら、「メデイツク」の取り扱う人工宝石八種類のうち、キャッツアイ、ヒスイ、エメラルドの三種類の実体は、単なるガラス玉であるに過ぎず、そのことを被告人らも知つていたことが窺えること、また、被告人ら及び本件「E・Sプログラム」に加入した者のいずれもが、右人工宝石の商品性に着目してこれを売買したとは到底考えておらず、現に、右加入者のうち右人工宝石の受け渡しをしていなかつた者さえ相当数存在していることが前掲各証拠によつて認められる。これらの事実によれば、本件「E・Sプログラム」は、人工宝石の販売に藉口しているものの、その実質は前判示のとおりの金銭配当組織であることが明らかである。弁護人らの指摘する本件「E・Sプログラム」に加入する者の出捐額が最高限四〇万円であることは、「E・Sプログラム」が金銭配当組織であることと何ら矛盾するものではなく、また、本件人工宝石についてわずかながら単品販売の例が存したからと言つて、未だ右認定を左右することはない。それゆえ、この点に関する右主張は採用できない。

2  本件「E・Sプログラム」は、無限連鎖講の防止に関する法律二条の「連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する」という要件に該当しない旨の主張について

ところで、無限連鎖講の防止に関する法律二条の「連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する」とは、文理上、加入者が連結して二以上の倍率で増えていくことで足り、その倍率が予め定められていることまでは必要ではないと解するのが相当である。これを本件「E・Sプログラム」についてみるに、前判示のプログラムの組織内容からすると、各加入者(会員)が人工宝石購入代金名下に支出した四〇万円を回収するためには、最低二名の子会員を勧誘して加入させなければならないことが認められる。してみると、本件「E・Sプログラム」は、その会員の増加率が少なくとも二倍以上であるといえるので、同法二条の「連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する」という要件に該当することが明らかである。それゆえ、この点に関する右主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為はいずれも刑法六〇条、無限連鎖講の防止に関する法律五条に該当するので所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人山田和俊及び同千葉勝二を各懲役一年六月に、同安田三男を懲役一年四月に、同権龍成を懲役一年に、同中澤直一を懲役一〇月にそれぞれ処し、被告人山田和俊、同千葉勝二に対していずれも刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち被告人山田和俊に対しては一二〇日、同千葉勝二に対しては三〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人安田三男、同権龍成、同中澤直一に対して情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間、それぞれの刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち国選弁護人須藤正彦に関する分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人安田三男に負担させることとし、国選弁護人齋藤實に関する分は、同項但書を適用して被告人山田和俊に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件犯行の動機、罪質、態様、ことに本件は、前示のとおり八六四名にのぼる多数の会員を加入させ、これらの者から総額三億四五六〇万円もの多額の金員を集めたものであつて、大規模な計画的犯行であり、社会的影響も無視できないものであること、加入者の大半を占める社会的経験の乏しい二〇歳前後の若者に対して、初めは、「E・Sプログラム」の内容を十分に説明せず、高額の収入が得られるアルバイトがあるなどと言葉巧みに話をもちかけて、説明会場へ誘い込むやその射倖心を煽り立て、時として、深夜にかけてまで及ぶ「クロージング」と称する執拗かつ強引な勧誘を続けて加入を承諾させたうえ、さらに、資金のない者に対しては、偽の給与明細書まで交付するなどして「入金まわり」と称していわゆるサラリーマン金融から高利で資金を借りさせたうえで入金させるなど、その勧誘方法が巧妙かつ極めて執拗であること、その他、本件犯行の結果、前記加入者の大半が損失を蒙つているにもかかわらず、その損失を回復する為の措置が何ら講じられていないことなどに鑑みると、その犯情は極めて悪質であるといわざるを得ない。しかしながら、他方、本件「E・Sプログラム」に加入した会員の出資金は四〇万円が限度であつて、経済的破綻に陥つた者の存在は窺えないこと、また、右会員らは自己の金銭欲につられて加入した面もあり、それによつて損害を被つたとしても、通常の財産犯における被害者の場合とは立場が異なることなど、被告人らに有利な情状が認められる。

そこで、これらの諸事情に加えて、被告人らの本件犯行における役割、利得額及び経歴、前科などを総合勘案すると、被告人山田については、「メデイツク」の取締役会長として実権を握り、東京支社の開設に際しても中心的役割を果たし、以後、被告人千葉に実権が移る昭和五六年三月ころまで、本件犯行の最高責任者であつたこと、利得額が最も多いこと、また、被告人千葉については、当初、「メデイツク」東京支社長として本件犯行全体を直接主導し、同年四月ころからは、「メデイツク」本社の代表取締役となり、被告人山田に代つてその実権を握り、最高責任者として本件犯行を遂行したこと、利得額も被告人山田と並んで多額であることなどの諸点は看過することのできないところであつて、右両名については到底刑の執行を猶予することはできず実刑は免れないところである。しかしながら、被告人安田については、「メデイツク」の代表取締役であり、利得額も被告人千葉に次いで多額であることは軽視しえないが、「メデイツク」の運営面では、その経理を一部担当したに過ぎないうえ、同年二月右代表取締役を事実上辞任し、じ後、本件犯行にはほとんど関与していないこと、また、被告人権、同中澤については、いずれも、終始被告人千葉の指揮下にあつたもので、利得額も少ないことなどの諸点を考慮して、特に今回に限り刑の執行を猶予することとした。そこで、右に述べた各情状に各被告人らの年令、家庭状況などを考慮してそれぞれ主文のとおりの刑に処するのが相当と思料した次第である。

(小熊桂 陶山博生 井口修)

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